WHO グローバル薬剤耐性サーベイランス報告2025(GLASS Report)Global antibiotic resistance surveillance report 2025
掲載元: WHO_公式ウェブサイト
掲載日:2025/10/13
URL:(サマリー)https://www.who.int/publications/i/item/B09585
薬剤耐性(AMR)は、WHOが警鐘を鳴らす「世界の健康に対する10大脅威の一つ」です。
基本的な感染症治療に用いられる抗菌薬の効果を損ない、近代医療の基盤そのものを揺るがし、世界で数百万人の命を危険にさらしています。
具体的な数値として、細菌性AMRは2021年だけで約114万人の死亡に直接的・間接的に関与したと推定されており、これが世界的な主要死因の一つであることを示唆しています。
この深刻な脅威に対処するため、WHOは「グローバル薬剤耐性サーベイランスシステム(GLASS)」を設立し、各国のAMRデータを標準化して収集・分析し、科学的根拠に基づき施策を推進しています。
本稿では、GLASSの最新レポートから明らかになったAMRの現状、主要な課題、そして主要な感染症における薬剤耐性の詳細な分析結果をご紹介します。
1. 耐性菌は世界中に蔓延しているが、その脅威は極めて不平等である
最初の驚くべき事実は、薬剤耐性の問題が地球規模であると同時に、その影響が著しく偏っていることです。報告書によると、2023年には世界中で検査機関によって確認された細菌感染症のうち、およそ6件に1件が抗菌薬に耐性を持っていました。
この数字を感染の種類別に見ると、さらに深刻さが浮き彫りになります。
• 尿路感染症:約3件に1件が耐性菌によるもの
• 血流感染症:6件に1件が耐性菌によるもの
この脅威の不平等さは、地域全体の統計にも表れています。東南アジア地域や東地中海地域では、感染症のほぼ3件に1件が耐性菌によるものであるのに対し、欧州地域では10件に1件、西太平洋地域では11件に1件に留まっています(図1)。

これは、ごくありふれた感染症にかかったときに生き延びられるかどうかが、住んでいる場所によって大きく左右される可能性があるという、厳しい現実を意味しています。
2. グラム陰性菌における耐性が急速に増加している
AMRは、グラム陰性菌における耐性が急速に増加しています。報告書によれば、2018年から2023年にかけて調査された病原体と抗菌薬の組み合わせのうち40%で薬剤耐性が増加しており、これらの年間相対増加率は5%から15%に達しました。
特に懸念されるのは、大腸菌(E.coli)、肺炎桿菌(K.pneumoniae)、アシネトバクター属菌(Acinetobacter spp.)など、重篤な血流感染症を引き起こす病原体において、カルバペネム系抗菌薬への耐性が世界的に増加していることです。これらの薬剤は、重篤な感染症治療に不可欠であり、耐性の拡大は治療選択肢を著しく制限します。
3. データが少ない国ほど報告される耐性率が高い
直感に反するように聞こえるかもしれませんが、薬剤耐性の監視体制が不十分な国ほど、報告される耐性率が高いという奇妙な逆相関が報告書によって明らかにされました。(ピアソン相関係数 r = –0.74, P < 0.0001)
これは、必ずしも、それらの国で実際に耐性が深刻化しているというわけではないことを示しています。この背景には、「サンプリングバイアス」があります。
監視インフラが限られている地域では、データは重篤で治療抵抗性の感染症患者が集まる大規模な三次医療機関からのみ得られる傾向があります。このバイアスの根本原因は、診断インフラの著しい格差にあります。例えば、サハラ以南のアフリカでは、細菌学的検査を実施できる臨床検査室は全体のわずか1.3%しかありません。その結果、報告される耐性率が一般の市中感染の実態よりも過大評価されてしまうのです。
この偏りにより、世界の薬剤耐性の観察・管理を難しくし、それらの地域における一般住民のための効果的な治療方針の策定を困難にしています。
4. これは単なる健康危機ではなく、格差と医療体制が絡み合う「シンデミック」である
報告書は、薬剤耐性が単なる健康危機ではなく、「シンデミック」と呼ばれる状況であることを明らかにしています。これは、貧困や格差といった社会経済的要因によって複数の病気が集中し、相互に悪化させる現象です。
WHOは、抗菌薬の第一選択薬として推奨される抗菌薬の総使用量の少なくとも70%を占めることを目標としていますが、2022年の世界の使用率はわずか52.7%でした。これは、格差が直接的に最後の切り札となる薬の過剰使用を招き、薬剤耐性危機を加速させている現実を強力に示しています。
5. 国際協力は進んでいるが、依然として重大な課題が残っている
この問題に対して、世界は手をこまねいているわけではありません。大きな成果として、WHOのGLASSへのデータ報告国数は、最初のデータ収集年である2016年のわずか25カ国から、2023年には104カ国へと4倍以上に増加しました。
一方で、その参加状況には顕著な地域差が残されています。2023年時点で、WHO加盟国のうちGLASSへデータを報告した国の割合は、米州地域(20.0%)や西太平洋地域(37.0%)で依然として低い水準にあります。これに対し、東南アジア地域(90.9%)や東地中海地域(76.2%)では高い参加率を示しています。このような地域的な偏りは、グローバルなAMRデータの全体像を歪める可能性があり、対策が特に必要とされる地域からの情報が不足するリスクを内包しています。
6. 主要な感染症における薬剤耐性の詳細な分析
▶︎血流感染症
血流感染症は、生命を直接脅かす重篤な状態であり、その治療の成否は抗菌薬の有効性に大きく依存します。
【AMRと傾向】
・アシネトバクター属
重症例や医療関連感染で問題となるアシネトバクター属では、カルバペネム系抗菌薬イミペネムに対する耐性率が世界平均で54.3%に達しています。
生命を脅かす院内病原体に対する最終手段の治療が、すでに半数以上の症例で無効である可能性を意味し、極めて憂慮すべき状況です。
・大腸菌
血流感染症の主要原因菌である大腸菌では、第三世代セファロスポリン系薬への耐性率が世界全体44.8%、に達しています。これは、グラム陰性菌敗血症を疑う際の標準的な経験的治療が、原因菌が判明する前に半数近くの症例で失敗するリスクがあることを意味します。
・肺炎桿菌
大腸菌よりもさらに耐性化が進行しています。第三世代セファロスポリン系薬セファタキシム耐性率は世界全体で55.2%です。カルバペネム系薬イミペネム耐性率は世界全体で、16.7%です。
・メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)
世界の血流感染症から分離された黄色ブドウ球菌のうち、MRSAが占める割合は世界全体で27.1%でした。特に東地中海地域ではこの割合が50.3%に達しており、地域によっては依然として最大の脅威の一つです。
▶︎尿路感染症
尿路感染症は外来・入院を問わず最も頻繁に遭遇する細菌感染症の一つですが、その治療もまた広範な薬剤耐性によって脅かされています。
【AMRと傾向】
・大腸菌
第三世代セファロスポリン系薬セファタキシム耐性率は世界全体39.8%で、東南アジア地域で最も高く60.4%でした。
・ 肺炎桿菌
大腸菌と同様に各種抗菌薬への耐性率が高い傾向にあります。第三世代セファロスポリン系薬セファタキシム耐性率は、世界全体で45.5%に達しています。特に、カルバペネム系薬イミペネムへの耐性率は世界全体で、10.9%であり、血流感染症よりは低いものの、注意が必要なレベルです。
7. AMR対策におけるメッセージと行動の優先事項
- 各国はAMRサーベイランスへの参加と、サーベイランス体制の拡充・データの質の向上を優先すべきです。
- 各国は、感染予防・管理、水・衛生・衛生習慣(WASH)、ワクチン接種、抗菌薬正使用(AMR)対策、WHOの人中心アプローチに沿った検査体制強化を含む統合的介入パッケージを実施すべきです。
- 2024年のWHO優先細菌病原体リストで示されているように、カルバペネム耐性アシネトバクター属および腸内細菌目細菌に対する新たな抗菌薬の研究開発への投資拡大が緊急の優先課題です。
- 各国は、代表性の向上、検査室やデータシステムの強化など、AMRサーベイランスを実施する能力を向上させなければなりません。
- 各国は、公平性とアクセスを中核に据え、医療制度を強化し、回復力を高め、UHC(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ)や多部門イニシアチブなどの社会的保護を拡大し、より広範な戦略を通じてAMRに対処すべきです。
本翻訳は世界保健機関(WHO)によって作成されたものではありません。WHOは本翻訳の内容または正確性について責任を負いません。英語版原本が拘束力のある真正な版となります。